12月2日

不安定こそが安定のように思える、と昔の自分が2日だけつけてやめた日記に書いてあってあーそうかもな、まだそう思うな、と少し思った。なんのために生きてるかはわかんないから念の為に生きてるというのは今はもうあんまりわかんない、仕事をちゃんとする、どうにかなりたい、と漠然ながらに思うのと、大好きな大森靖子ちゃんの活動を追うこと、これだけあればもうこの人生を生きる目的、十分じゃん、と思えている。

 

今年父親を亡くして、その父親というのが、…とか色々書きたくなる気持ちはあるけれどもうつらつら語るのはしんどくて、ただ、家族は呪いだとも思っている私が、それでもやはり父のことは好きだった、もっと好きになりたかった、これから定年を迎えるであろう父、母、いままでは薄い関係だったかもしれないけど、これから変わる環境のなかで、家族をやり直せたら、もっと何かいままでと違う、なにか新しい関係を、そう思っていたから、とにかく悔しい。

 

おかざき真里さんの「かしましめし」で、ひとりでいるとちゃんとした食事も用意してあるのにジャンクフードやインスタントばかりを罰みたいに自殺みたいに食べてしまう(うろ覚え)というのが、ほんとうによくわかる一年だった。一人暮らし、最初の頃は張り切ってたのにな。部屋もどんどん散らかっていく。自分を、生活を、大切にしたい。別におしゃれでなくてもいいし、自慢できなくていいし、でも、ちゃんといろんなこと始末して、身の丈に合った、納得いく生活をしたい。

 

毎日は手作りだって靖子ちゃんが教えてくれたのに、私の毎日はほんとにどうしようもないな、できるだけはやくどうにかするから、待っててくれな未来の私、と書きながら食べてるのはコンビニのチキン ほんとにだめだな!!!!